コラム

農業や製造業の現場で「AIを使いたいが、どこから手をつければいいかわからない」と感じている方は多いのではないでしょうか。AIは単独でも強力ですが、IoTと組み合わせることで、現実世界のデータをリアルタイムに取り込み、人間の代わりに判断・行動するシステムを構築できます。
本記事では、プランター菜園における水やり、追肥、病害の判断をAIによって行い、作物へのアクションを支援するPoCを実例として、AI×IoTの設計・構想プロセスを具体的に解説します。
AI(人工知能)は、データをもとに判断・推論・生成を行う技術の総称です。近年普及している生成AIは、従来の機械学習と異なり、過去データによる予測だけでなく、現在の状況を総合的に解釈して判断できる点が強みです。
たとえば「土壌の水分が〇〇%で気温は〇〇℃、直近の水やりから3日経過している」といった複数の情報を渡すと、「今日は水やりが必要です。追肥も週内に検討してください」と自然言語で回答できます。つまり、ルールベースのプログラムでは難しかった、経験や勘に依存していた領域をAIが代替できるようになっています。
IoT(Internet of Things)は、センサーや機器をインターネットに接続し、現実世界のデータをシステムへ送り込む技術です。温度・湿度・土壌水分・照度など、人間が常時観測するのが難しいパラメータを継続的に収集し、デジタルの世界へ橋渡しします。
IoT単体ではデータを集めるだけですが、そのデータが意思決定の材料になることで、農業・製造・物流などあらゆる現場の「見える化」が実現します。
AIは判断できても、判断するための情報がなければ機能しません。IoTがリアルタイムのデータをAIへ供給することで、はじめて「センサーが土の状態を検知→AIが水やりの要否を判断→アプリが通知する」という自律的な仕組みが成立します。
つまり、AIはIoTの「頭脳」、IoTはAIの「目と耳」です。両者を組み合わせることで、人手をかけずに現場の状況を把握・対処するシステムが構築できます。
農業・製造・物流といった現場では、長年にわたり「経験と勘」による判断が主流でした。熟練者しかできない作業、暗黙知として引き継がれてきたノウハウ——これらは属人性が高く、後継者不足や品質のばらつきという課題を生んでいます。
AI×IoTはこの課題に対して有効な解決策をもたらします。センサーで現場の状態を数値化し、AIが蓄積された知識をもとに判断することで、初心者でもベテランに近い精度で作業を行えるようになります。
また、SIer業界の観点からも変化が起きています。コンピュータ上の作業が生成AIに代替されていく流れの中で、「リアル世界」に目を向けた新たな価値提供が求められています。IoTとAIを組み合わせたシステム提案は、SIerが次世代に担うべき仕事の一形態として注目されています。
AI活用の推進や導入を担当している平田です。
兼業農家を営む実家の稲作や野菜作りを支援したいという思いから、AIを農業に活用できないかと考えていました。属人性の高い農業に対してAIを活用することで、初心者でも経験や勘に頼らずベテラン並みに作物を育てられるか——そんな疑問が出発点です。
一方、業務上の動機もありました。生成AIの台頭によりSIerの役割が変化する中で、リアル世界を対象にしたIoT×AIの組み合わせに新たな事業創出の可能性を見出し、提案材料としての可能性を検証したいと考えました。
いきなり水田や畑を対象にするのはハードルが高いため、まずは自宅ベランダのプランター菜園で小規模なPoCを実施することにしました。
解決アイデアの骨子はシンプルです。「土や葉の状態を数値で取得できれば、AIが最適な水やり・追肥のタイミングを判断できるのではないか」というものです。水やりや追肥は、ベテランが経験と勘で判断していますが、その判断根拠を「土壌水分」「温度」「EC値(肥料濃度)」などのパラメータに分解できれば、AIが代替できると考えました。
さらに、リアルタイムの作物の写真をAIに見せることで健康状態を判断できます。「人と作物の間にAIが仲介して支援する」というコンセプトです。

AI×IoTのPoC構想
まずは、経験や勘によって行われている属人的な作業とは何かを明確にしました。
今回のPoC課題は次の2点です。
・水やりと追肥のタイミングを自動で判断すること
・作物の健康状態を診断すること
これらはいずれも、これまでは人の経験と勘に頼っていた領域であり、AI×IoTによって合理的な判断基準を持たせることができると想定しました。
水やり・追肥の要否は「土の状態」で判断できると仮説を立て、以下のパラメータを取得対象としました。
| pH |
水素イオン濃度指数。酸性、中性、アルカリ性の分類測定を行う指標。 酸性に傾いた際の過剰性やアルカリ性に傾いた際の欠乏症の判断に役立ち、施肥設計の目安となる。(ピーマンは6.0〜6.5が正常値) |
| EC(電気伝導率) |
塩類濃度。EC値が高いと肥料焼けを起こし根が枯れ、水分を吸収できなくなる。 施肥前0.3以下なら基準の施肥量、それ以上であれば施肥量の調整が必要。 |
| 水分(VWC) | 体積含水率。水やりの判断に役立つ |
| 温度 | 土の温度。水やりの判断に役立つ |
加えて今日・明日の天気情報と、直近の水やり作業履歴を組み合わせることで、数値を根拠にした合理的な判断が可能になります。また、作物の見た目(葉の色・形・大きさ)は写真撮影によってAIに診断させる設計としました。
デバイスはSenseCAP S2105(LoRaWAN対応の土壌水分・温度センサー)を採用しました。EC値は別製品で対応しています。
センサーで取得したデータをクラウドへ送るために、LoRaWAN(ローラワン)を活用しました。
※ゲートウェイ製品は「SenseCAP マルチプラットフォーム LoRaWAN 屋内ゲートウェイ(SX1302)」
LoRaWANはIoT向けの無線通信規格で、低消費電力で最大10km以上の長距離通信を実現します。ボタン電池1つで10年以上稼働可能なため、電源確保が難しい農地や屋外環境に最適です。Wi-FiやBluetoothが届かない広大な土地でのセンサー通信に特に有効な技術といえます。
システム全体の連携イメージは次の通りです。土壌センサーがデータを取得し、LoRaWANゲートウェイ経由でAWS IoT Coreへ送信。DynamoDB・S3にデータを蓄積し、AWS Lambdaで処理した後、Amazon Bedrockの生成AIが判断・テキスト生成を行います。モバイルアプリからはAPI Gateway経由でデータを取得・表示する構成です。

AI×IoTスマート菜園システムのシステム連携イメージ
AIは主に2つの領域を担当します。
・判断
・文章生成
1つ目は判断です。センサーデータ・作業記録・天気情報を組み合わせて、「今日水やりが必要かどうか」「追肥のタイミングはいつか」を生成AIが判断します。追肥のような複数パラメータを総合的に考慮する必要がある判断は、従来のプログラムロジックでは対応が難しく、生成AIの強みが活きる領域です。
2つ目は文章生成です。判断結果を「今日は土壌水分が低下しています。水やりをおすすめします」のように、自然言語のアドバイスとしてユーザーへ届けます。また、作物の写真をAIに渡して葉の色・形・状態を診断する画像診断機能も実装しています。

AI×IoTスマート菜園システムのAndroidアプリ画面

AI×IoTスマート菜園システムの画像診断結果
出社前(AM 7:00)と帰宅前(PM 18:00)のタイミングで、センサー情報と作業記録をもとにAIがレポートを生成し、通知する仕組みを構築しました。
当初はモバイルアプリへのプッシュ通知を想定していましたが、AppStoreやGoogle Playへの公開やFCM(Firebase Cloud Messaging)の設定が検証目的には過剰であったため、Slackへのプッシュ通知に切り替えました。以下のように、AWS EventBridgeでスケジュールを管理し、SNS・Chatbot経由でSlackへ通知する構成です。

レポート通知パッチの構成イメージ
今回のプランター菜園PoCを通じて、AI×IoTが有効に機能する場面のパターンが見えてきました。
経験や勘で人が判断している業務
具体的には、農業の水やり・追肥判断がその典型です。センサーで状態を数値化し、AIが過去の知識をもとに判断するというフローは、幅広い業種に応用できます。
広域・分散した環境でのモニタリング
LoRaWANのような低消費電力・長距離通信技術は、工場の広大なフロアや農地、港湾施設など、Wi-Fiが届きにくい場所でのセンサー展開に有効です。貯水タンクの水位管理や、物流倉庫の温湿度監視など、人が常駐できない場所の自動監視に大きな可能性があります。
プログラムロジックで判断が難しい複雑な条件判断
条件が多く、例外的な状況への対応も必要な業務は、ルールベースでの実装よりもAIによる総合的な判断に委ねた方が精度・保守性ともに優れると考えます。
今回のPoCで実感したメリットは大きく2点です。
判断の合理化と属人性の排除
「経験と勘」に依存していた判断を数値と生成AIが担うことで、初心者でも一定水準の判断が可能になります。ベテランの知識をシステムに組み込む「ナレッジの民主化」という効果もあります。
小規模から始められるスケーラビリティ
PoCレベルであれば、センサー数台・クラウドサービスの組み合わせで低コストに検証を開始できます。効果が確認できてから本番規模に拡張するアプローチが現実的です。
一方で、実際に取り組んで気づいた注意点もあります。
IoT機器固有の知識が必要
LoRaWAN機器の設定やPayloadデータのデコード処理など、IoT特有のトラブルシューティングには専門知識が求められます。今回は難解なマニュアルをAIに解析させながら乗り越えましたが、知見がない状態では想定以上の時間がかかります。
AIの判断品質がデータ品質に依存する
センサーから取得できるパラメータの種類や精度が低ければ、AIの判断も限界があります。「何を取得するか」の設計が、システム全体の精度を左右します。
AI×IoTを組み合わせることで、現場の状態をリアルタイムに把握し、人の経験と勘に依存していた判断をシステムで代替する仕組みが実現します。今回のプランター菜園PoCでは、土壌センサー・LoRaWAN・クラウド・生成AIを組み合わせたシステムを約1日で構築し、水やり・追肥の自動判断と画像診断という機能を動作させることができました。
重要なのは、AIは「情報があって初めて機能する」という点です。システムが生み出すデータによってAIが活動し、人が介在することなくシステムとAIが自律的に動作する——これがAI×IoTの理想の姿です。
AI導入におけるポイントは「システムの中でAIが活動できる箇所を探る」ことにあります。どのデータを取得し、どこでAIに判断させるか。業務・データ・AIの設計を一体で行っていくことが重要と感じました。
なお、今回のシステム構築(AWS IoT)における技術的なエピソードについて、別の記事でさらに詳しく解説しています。こちらもぜひご覧ください。